テーマ:脳のこと

ぼくは神経質なのか?(9月13日 金曜日)

我ながら自分の脳の在り方を考えさせられてしまう。 一つひとつの行動が、自分の本来の性格的なものだったのか、脳のためなのか分からなくなる。 最近は、時間を見つけて、部屋の片付や車庫の掃除をしたりする。 そのことで家が綺麗になると満足感があるのである。 今は確かに家にいる事がほとんどで、否応なく家の片付をしているというようにも見える…
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自らを鞭打ちながら(9月11日 水曜日)

今日も教育会館に行った。 この1週間で3回も行くというのは、ぼくにとっては稀な事である。 PDFにしたデータの処理で県教組のその道に詳しい人の知恵を借りようと考えたからである。 ところが肝心のその書記さんは不在だった。 愕然として、他の人にも尋ねて見るのだが、いい回答は得られず、虚しく諦めるしかなかった。 ぼくは家に帰る道…
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机回りの掃除など・・・。(9月8日 日曜日)

ぼくの脳の影響なのだろうか、あることが気になるとそのことが少しずつでも前に進まないと落ち着かない気分になる。 今、気になっているのはぼくの机回りと車庫の掃除である。 この仕事は、妻の手を借りなくても一人で出来ると思いながらも放置してある。 今日こそは手掛けようと、意を決して取り掛かった。 まず、机回りのノートや書類の整理、机の下…
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悩ましい日々。(9月3日 火曜日)

相変わらず気分が優れない。 身体的なことから原因を探したら、幾つかある。 先ず何よりも、足の痺れによる不調。 これは脳溢血で倒れた時に、医師から簡単に治りませんと絶望的なことを宣告されている。 この足の痺れに加わってきたのが、猫の引っ搔き傷による左人差し指の先の方の鈍い強い痛みである。 最近の脳の調子としては、相変わらず数の数…
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ぼくの脳の辛い症状の事など。(8月22日 木曜日)

朝から体調が悪く、ルーチンワークも全くできないままで時間だけが過ぎていった。 気分さえ良ければ、久し振りに出かけてみようかとも考えたのだが、それも無理だった。 やる気が出ないまま漫然と過ごしている時、県教組の友人が訪ねてきた。 彼は、退教協の委員長をしている人物で、ぼくがこの会の事務局長をしている時に共に頑張ってきた仲間である。 …
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先行き不透明なぼくの脳。(8月9日 金曜日)

足の痺れが日々にきつくなってくるようだ。 最近はまるで虫ピンで刺すような痛みが出て、その時は立っていることが困難になる程である。 そんな痛みが頻繫にあるわけではないが、その時の瞬間的な痛みは耐えられないのである。 脳出血の後遺症よるの痛みと分かってはいるのだが、自分ではどうにも解決の方法がない。 我慢にも限界がある。 意識を他…
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脳を更に前進させるために(6月30日)

昨夜の友人たちを招いての集まりは、大変、楽しかった。 その分だけ、ぼくの疲労は際立っていた。 朝のテレビ体操の時間に起き上がることもできず、珍しく朝寝坊をした。 朝寝坊の経験は、この病に倒れて以来、間違いなく初めての事である。 そもそも、これ程遅い時間まで、こんな形で、友人達と我が家で飲食を共にすることは、考えられないことで…
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ロフト使い方を考えた。(5月19日)

昨夜から降り続いた雨は、まるで梅雨入りのようである。 日曜日と言うのに朝から憂鬱である。 とは言っても、今のぼくには曜日は全く関係なく、ただ退屈な日々が続いているだけだった。 ただ休日などになると、近所の子どもたちの賑やかな声が休日である事を教えてくれるのだが、この雨でそれもないのだ。 家の外に出ることも出来ない中で、最近気…
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習字と肉体労働と(5月15日)

午前中は習字を少しやった、道具は全て娘が使っていたものである。 最も金の掛からないリハビリである。 習字用の紙も墨汁も使い切れないほどあったので、直ぐに取り掛かっているのである。 高次脳機能障害の身には一つひとつの動作が訓練である。 書に向かう時の緊張感が凛とした気分になる。 書に取り組んだ後は、午後から妻と義妹の3人で畑…
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病院通いの転換期か?(5月10日)

病院通いは、大の苦手で学校の健康診断で止む無く受けるのが常であった。 そんな人間が、生活の中心が病院通いになるとは若い頃には想像の出来ないことであった。 今日も朝早く起きて、通いつけの伊敷病院に行った。 何時もより少し早かったのだが、受付で並んで待っている人が、ぼくを除いて6人いた。 今回は比較的自分の中でも落ち着いており、病院…
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草取りに集中した。(4月4日)

朝の計画では、何時もの散歩、テレビ体操などのルーチンワークを終えたら教育会館に行く予定だった。 そのつもりで動いていたのだが、何だか家の周りの草取りのことが気になり、軽い気持ちで目の前の草を取り始めた。 その草を取り始めたら、次々と場所を変え、本格的な庭掃除になった。 遂に、午前中は草取りだけで終わったのだが、まだ残った部分があっ…
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送別会で(3月23日)

遂に送別会を迎えた。 嘗てないほどの緊張感で、心身の統制が取れず、自分でもどうしようもない状態に陥った。 ぼくにとっては、決して望んでいた仕事ではありませんでした。 そもそも学校長という仕事が似合わない人間でした。 そんな人間に大事な仕事ができる筈も無く、3年間で見事に潰れてしまいました。 皆さんにはただご迷惑をお掛けした…
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足の痺れに苦しむ(3月11日)

仕事の途中で猛烈に足の痺れが酷くなってきた。 会議中であったのだが、足の痺れを堪え切れず、やっとの思いで我慢したのだった。 これまでに無い異常な痛みだった。 迎えに来てくれた妻の車に乗っても足の痺れは収まらず、途方にくれた。 この病で病院に通うようになってからも、足の痺れは直りませんと言われてはいたのだが、まだ痺れがそれほどでも…
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カラオケの操作ができなかったこと。(3月10日)

久しぶりにカラオケに行った。 おそらく『倉リハ』で療養生活を送ることになった時に、ぼくの境遇を憐れに思った同級生が妻も誘って3人で行ったのが最後であると思う。 その記憶は例えそうであったとしても、自分も思い出せない程度なので、大したことではないのだろう。 ぼくはそれほどこのカラオケなどには興味を失っていた。 理由は、ぼく自身…
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まだ遥かに遠い道(3月8日)

色んな作業に取り組みながら、思うような結果が中々でない。 脳溢血で倒れた、いわゆる無能力状態からは脱出したものの、全く満足できることにはなっていない。 見た目には普通の人と変わらないように見えるようなのだが、ぼく自身はそうではない。 確かに体だけは、足の痺れを除くと、毎日のルーチンワークのお陰で以前よりも健康である。 足の痺…
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雨の中での散歩。(3月4日)

朝から気が滅入るような天候である。 外に出てみると散歩くらいはできそうだと思い、準備していたら少しずつ雨が強くなり、とうとう断念した。 傘を持ってまで雨の中を歩くほどの執念は無く、家の近くのコンビニの前であっさりと諦めたのである。 それにしても最近は雨の日が多いようである。 日課にしている朝の散歩が滞りがちで、調子が出ない気…
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脳を鍛えなければ・・・。(2月17日)

昨日の音楽発表会では観ているだけだったのだが、脳がかなり疲れたようだ。 岡山駅に向かって歩いて帰る時、駅が目の前まで来ているのに、そこから先が進めなくなった。 朝からの寒さが気にはなっていたのだが、この寒さには勝てなかった。 駅に着いてから、地下街に行き、妻といつもの食事する場所で体を休めた。 脳の影響だとは言え、自分の体と…
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儚い努力。(2月13日)

自分の脳のことを考えない日はない。 絶えず早朝の訓練など、可能な限りの努力はしているのだが、もどかしいほど前に進まない。 もっと工夫が必要なのかなと考えているのだが、手詰まり感が強い。 脳に関する本もいくつも読み、そのたびに考えるのだが読んだ後に直ぐに忘れるという悲しい脳であるため全く定着しない。 最近でも同じ作者の新書版の…
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古書店で。(2月10日)

3週間、休みなく仕事に出ていたので、久しぶりの休暇だった。 とにかく体を休め、のんびりしたかった。 朝のテレビ体操をした後は、妻が作っておいてくれたもので食事を摂り、ぼんやりした時間を過ごした。 散歩に行かなければと思いつつ、11時半頃になって漸く起き上がった。 歩いている途中に、いつもは時間が早すぎて、気に留めることがなかった…
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恨めしい脳のこと(2月8日)

朝から調子が良いと感じていた。 同僚の職員と話しをしても、何時もより滑らかに話しができた。 相手にも違和感なく伝わっただろうと思えた。 そのくらい上手く喋れたと感じていた。 暫くしてから、気分を良くし立ち上がってみようとしたら、急に体がふらついて来て、自分でも脳の調子に不安定さを感じた。 このままでは不味いと考え、立ち上が…
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音読、書字の涙ぐましい努力(2月6日)

音読の効果が少しずつ出てきているように思える。 リハビリで取り組んだのは音読だった。 妻が購入してきたテキストを利用して音読を始めたのだが、なかなかできなかった。 そのテキストは国語学者の川島教授のものだった。 最初はこういうものを使わなければ分からない自分が憐れでならなかった。 それでもそれを続けるしかなかった。 その…
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2月に入って。(2月1日)

いつの間にか正月が過ぎてしまったという感じである。 何かをしなければと思いながらも何もしないまま時間だけが無為に過ぎた。 いよいよ2月に入り、一つひとつこなしていかなければならないことが迫ってきた。 いくつかの原稿を書いてみようとパソコンの前に座って、頭を瀕るのだが、言葉が浮かばない。  困ったことに言葉をやっと思い出しても…
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寒さに耐えながら。(1月24日)

脳の調子が良いと感じていたので、今取り掛かっている文章を整理してみた。 やりかけの文章などいくつかをフォルダから引き出し、見直してみた。 ファイルを同時に閲覧するという作業も出来る範囲でやってみた。 頭が混乱するのを覚悟して、いろんなファイルを除いたり、必要に応じて修正を試みた。 意外と脳は疲れず、少し余裕もあった。 ただ…
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道具を使った作業の成果(1月22日)

家に帰ってから数枚に分けられたいくつか文章を、糊で張り合わせる作業をすることにした。 昨年も同じ作業をしたらしいのだが、妻によるとそれは全くできなかったらしい。 今回は自分でしてみようと思い、取り掛かった。 5枚の紙を並べ、折り曲げる部分をきちんと並び替え、糊で張り合わせる準備をした。 嘗てはこういう作業は苦にせずにやれたのだが…
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手足の痺れと向き合う日々(1月14日)

この連休には取り掛かっておきたい仕事があった。 文章を書くことだったのだが、頭をどんなにひねっても言葉が出てこない。 書字能力が機能しなくなってもパソコンを利用して、たどたどしくてもできる範囲で文章を作ることはしてきた。 妻に添削してもらいながら、日々文章を作るようにはしているのだが、その日の調子で随分違ってくる。 頭の中にあま…
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哀れな高次脳機能障害の基で(12月21日)

今日は終業式だった。 何とか無事に終業式を終えることが出来た。 実は、ぼくは日程を勘違いしていて、次の日が終業式だと思い込んでいた。 昨日、職員の会話から明日が終業式であるかのような会話が流れ、自分の耳を疑った。 それで慌てて確認してみると、回りは平然とそうですよと返す。 それを聞いて、呆然となった どうしてそんな勘違い…
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思案投げ首の状態(12月19日)

最近、頭はすっきりしたきたはずなのだが、いろんなことができないことがある。 声は出るようになっているのに、大事な時に言葉が出ないことがあるのだ。 出そうで出ないもどかしさに苛立ってしまう。 昨年の同じ時期に、卒業生向けの文章を書いたらしいのだが、失念してその行為自体が判然としない。 周りから指摘されると書いたことは思い出せた…
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生活設計専門委員会で。(12月17日)

東京に行ったらしなければならないことが、いくつかあった。 まず第一にぼくが今関わっている仕事の友人と会い、今後の考え方や方針について話し合うことだった。 ぼくなりに感じている現状を率直に説明し、共通している部分を確認した。 彼の考えていることとほとんど齟齬がなかったので安心した。 昼食を挟んで約4時間に及ぶ話し合いになった。…
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東京の美術館で。(12月16日)

会議で東京に行くことになった。 その会議のついでに『上野の森美術館』に行くことにした。 それは『フェルメール展』があることを妻が調べてあったからである。 チケットは、フェルメールが大好きな東京の娘が、あらかじめ準備していてくれた。 午後に娘とホテルで待ち合わせし、一緒に上野に向かった。 会場の美術館の前は長蛇の列で、うんざ…
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哀れな自分を知らされる(12月15日)

保護者を交えた忘年会に出席した。 ぼくはその予定についてはしっかり把握したつもりになっていて、安心していた。 ところが家を出てから急に不安になり、妻に送ってもらった後の道順の判断が全くできなくなった。 近くのコンビニに行き、会場の地図を出し、教えてもらった。 こんな時はいつもであれば、スマホで検索することをしていたのだが、それも…
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