悲報を聞く~姉・日出子の死

三連休の初日の17日、職場の同僚の家の食事に呼ばれていた。
乾杯のビールを口にして間もなく妻から電話があった。
声の調子がおかしいので不吉な予感がした。
案の定、それは神戸の姉の訃報を知らせるものだった。
姉・日出子の夫である義兄から手紙が来ていたのだ。

それによると8月3日に入院し、9日に亡くなったとのこと。
息子と娘に看取られ、家族葬を済ませたと書いてあったらしい。

いたたまれない気持ちで聞いていたが、その場をこのことで白けさせることはできなかった。
姉は無類の酒好きで、人を招いて食事会をするような人であった。
だから自分のことで酒席を中座することは喜ばないと思ったからである。

酒席を終えた翌日、改めてメールで妻が送ってくれた義兄の手紙を読んだ。
義兄も昨年の暮れから体調が悪く、姉の介護もままならないと書いてあり、葬儀に呼べなかったことも詫びてあった。
そんな状況を知り、義兄を責める気持ちはないが無性に悔しかった。
昨年、妻と二人で姉を訪ねたのが最後になった。

3歳になる前に母を亡くしたぼくのことを姉や兄は不憫に思っていた。
ぼくが小学校に入学する直前に姉は女学校を卒業して、神戸に行った。
ぼくは小学校4年の夏休みに神戸の姉を訪ね、華やかな生活を送る姉に憧れていた。
その後、姉はぼくが高校を卒業するまで毎月小遣いを送ってくれた。
そのお陰で両親のいない身でありながら、小遣いには不自由をしなかった。

その姉が神戸で結婚し、子ども2人を育てて、82年の生涯を終えた。
頭が聡明で綺麗だった姉は、4人兄弟姉妹の一番上で、面倒見が良かった。
ぼくは兄や姉に甘えて、兄弟でただ一人大学まで行くことができた。
大学に入ってからは姉や兄に頼ることはなかったが、ぼくには誰かの面倒見なければならないということはなく気楽だった。
そのお陰でぼくも今日まで生きてこれたのだと姉や兄に心から感謝している。

ぼくは恩義を感じながら何一つ返すことがなかった。
せめて姉の墓前に行き、冥福を祈りたい。
すぐにでも神戸に行きたかったのだが義兄の体調を思い、行きだせなかった。

一人で寂しく姉を偲び、涙している。

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