忙しく動き回った一日

27日、月曜日で1週間の仕事の始まりである。
現役ではないので仕事の始まりなど関係ないことなのだが、この日に会議等が入って現役と同じように動くことが妙に嬉しかった。

この日も、急遽、退教協の打ち合わせをすることになり、教育会館に行った。その後もしなければならないことがあった。

午前10時からの退教協の打ち合わせは、今後の人事にかかわる深刻な話であったが、現在の役員の個々の抱える事情は理解得ざるを得なかった。
この役員の任務は退職後のボランティア的な仕事である。
退教協の事務局における役員と言えばメインとなるのは会長、事務局長、事務局次長のようである。ぼくは分不相応なにも事務局次長の任にある。
これらの仕事にほとんど無報酬で関わることになるのだが、60歳で定年退職した後、最近は65歳までは再任用で務めることが多くなり、役員にはそれ以降の年齢の人を充てる必要があり、このことに加えてできれば「鹿児島市内に住む人」という条件がつくとさらに限定されてくる。
そしてさらに年を重ねるとさまざまな病を抱えることにもなり、人選はいっそう厳しくなるのである。
そういう背景でぼくまでもが役員に引っ張り出されるということになったのである。

今の会長は多くの仲間から信頼を受けており得難い人材であるが、年齢は75歳、病を抱えて奮闘されていることも事実である。

そういう現状の多くの状況を踏まえて今後の役員体制について議論をした。一部結論を残さざるを得ないことを了解しつつ、2時間近くの打ち合わせを終えた。
それでも前日の町内会総会とは違って実りの多い会話だった。

それが終わり、事務局長の南さんとぼくがいつも行く食堂で食事をして、ホテルウエルビュー鹿児島に向かった。

そこで高退教の長井玄龍会長と合流した。用件は、2017年3月に開催予定の日退教九ブロ研修会鹿児島大会の会場予約の件であったのだが、心地よい話ではなかった。
このホテルをすでに予約の仮押さえをしてあったのだが、このホテルに目に余る不誠実な対応があったためこの仮押さえをキャンセルすることにしたのである。

鹿児島中央駅からの交通アクセスも悪く、このホタルだけでは参加人員を収容しきれないという条件を知りつつ、公立学校共済組合の施設であるこということからあえて会場にしようとしたのだが、あることにかかわって不誠実な対応があり、会場にすることは参加各県に説明がつかないことになると判断したからである。
キャンセルの理由について具体的に説明し、一定の理解を求めて引き揚げてきた。

その後、いったん家に帰り、かねてから気になっていた退教協の南事務局長の営む自然農法の畑の見学に行くこになった。
妻も午後から仕事が休みだったので一緒に行くことになった。

そこは蒲生の旧家だったらしく、雰囲気のいい家には一部手を入れてあった。
別棟には囲炉裏をしつらえてあり、老後の人生を楽しむ仕掛けがたくさんあった。
畑は陽がさんさんと降り注ぐ素晴らしい場所で、そこには所狭しと多くの旬の野菜が一面に植えてあった。
妻は母の影響もあって、この自然農法の畑作りが大好きな人間である。
感動の声を上げていた。
ぼくはあまりに自然農法の徹底したやりかたに圧倒され、言葉を失った。
蒲生という地域や家の庭のすぐ隣に畑があるという立地の良さもあり、多くの条件に恵まれたこの環境が羨ましかった。

家の中に招かれ、連れ合いさんが作ってくれたヨモギの香りが濃厚な草団子とお茶を御馳走になった。
自然農法の楽しさや、人との触れ合いについて語りながら南さんが「児玉靖正が生きておれば、もっと楽しいのにな」とぽつりと漏らす言葉を心に染みいらせながら、妻を促し、この魅力ある蒲生の地を後にした。

とても忙しく、蒲生まで出かけて楽しく充実した時間も過ごすことができたが、ぐったりと疲れ果てた一日であった。

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