県会議員選挙、スタート~「やなぎ誠子」の出発式に参加
やっと県会議員選挙の告示を迎えた。
昨年から何度となく選対会議が開かれ、年が明けてからぼく自身も後援会事務所に入った。
選対会議の内容に毎回失望しながら、質問・意見は言ってきた。しかし、その質問や意見が反映されることはなく、不満ばかりを募らせてきた。
ぼくはあまりの失望のあまり遂にはその後援会事務所を抜け出した。
場所を変えてぼくの自分のやるべき仕事をしようと考えた。
お陰で周りの不満や憤りの声もたくさん聞かされてきた。
退職者の皆さんは、「やなぎ」を通さなければいけないという使命感と今の政治に対する自分たちの思いを「やなぎ」に託したいという強い意志で、動いていることを痛感させられてきた。
病を抱えている人や日常の雑事に追われながらも時間を見つけて事務所の多くの仕事をこなしていただいた。
ぼくも土、日も含めて2日間の長崎出張、3日間の埼玉への同級生の選挙準備以外は毎日顔を出した。
一方、選挙を指揮するスタッフへの不満が広がっていくのをその一人として実感しながらも告示までなんとか持って欲しいと願った。
そして、やっと告示を迎え、3日の出発式には多くの支持者が桜ケ丘の会場に集まってくれた。
ぼくは胸をなでおろした。
出発式での応援のスピーチには地元の秋広鹿児島市会議員、打越・川内元衆議院議員も立ってくれた。熱の入った秋広会議員の演説は好感を持てた。
出発式がなんとか無事に終わったという感じだった。
3月余に及ぶ長い選挙準備を経て、やっと10日間の選挙戦に突入した。この期間はあっという間である。
出来ることも限られている。
しかしこの期間にどれだけの本人のメッセージをマイクを通して訴え、支持を得られるかが最後の勝負である。
その準備は充分していると信じたい。
川内原発、若者の雇用、働く女性の支援、高齢者の福祉など身近な問題に目をそらさずに自分の考えをしっかり訴えて欲しいと切に願う。
昨年から何度となく選対会議が開かれ、年が明けてからぼく自身も後援会事務所に入った。
選対会議の内容に毎回失望しながら、質問・意見は言ってきた。しかし、その質問や意見が反映されることはなく、不満ばかりを募らせてきた。
ぼくはあまりの失望のあまり遂にはその後援会事務所を抜け出した。
場所を変えてぼくの自分のやるべき仕事をしようと考えた。
お陰で周りの不満や憤りの声もたくさん聞かされてきた。
退職者の皆さんは、「やなぎ」を通さなければいけないという使命感と今の政治に対する自分たちの思いを「やなぎ」に託したいという強い意志で、動いていることを痛感させられてきた。
病を抱えている人や日常の雑事に追われながらも時間を見つけて事務所の多くの仕事をこなしていただいた。
ぼくも土、日も含めて2日間の長崎出張、3日間の埼玉への同級生の選挙準備以外は毎日顔を出した。
一方、選挙を指揮するスタッフへの不満が広がっていくのをその一人として実感しながらも告示までなんとか持って欲しいと願った。
そして、やっと告示を迎え、3日の出発式には多くの支持者が桜ケ丘の会場に集まってくれた。
ぼくは胸をなでおろした。
出発式での応援のスピーチには地元の秋広鹿児島市会議員、打越・川内元衆議院議員も立ってくれた。熱の入った秋広会議員の演説は好感を持てた。
出発式がなんとか無事に終わったという感じだった。
3月余に及ぶ長い選挙準備を経て、やっと10日間の選挙戦に突入した。この期間はあっという間である。
出来ることも限られている。
しかしこの期間にどれだけの本人のメッセージをマイクを通して訴え、支持を得られるかが最後の勝負である。
その準備は充分していると信じたい。
川内原発、若者の雇用、働く女性の支援、高齢者の福祉など身近な問題に目をそらさずに自分の考えをしっかり訴えて欲しいと切に願う。
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