蓮田市、成田能祥市会議員の後援会に出席
前日の遅くまでの飲み会が影響し、目覚めが悪かった。
しかし、4月27日(日)は蓮田市で市会議員をしている成田能祥後援会があり、どうしても行かなければならなかった。
11時30分からとなっていたので家を9時30分には出た。
蓮田市の駅に着いたのは11時16分だったので、タクシーで会場の椿山公民館に行った。
公民館の前のハナミズキの街路樹がとても色鮮やかで見とれてしまった。
会場にはすでに出席者が集まっていた。
ぼくの同級生も女性が3人、男性がぼくを入れて3人、計7人が来てくれていた。
11時30分を少し回ったところで開会となった。
成田能祥の議会報告があり、その後ユネスコの活動をしている人の講演があった。
蓮田市での組織を造る時の苦労話や活動内容が主だった。
ぼくはこれまでユネスコについては名前くらいは知っていたがその目的や活動内容について具体的に知ろうとしたことはなかった。
聞いてみると驚くほどにぼくの関心の中心にあることと同じだったことを知り、不明を恥じた。
「UNESCOは、United Nations Educational,Scientific and Cultural Organizationの頭文字で、国際連合教育科学文化機関といい、本部はパリにあり、UNESCOは、第二次世界大戦後、1946年に、人類が二度と戦争の惨禍を繰り返さないようにとの願いを込めて、各国政府が加盟する国際連合の専門機関として創設された」ということを知ることができた。
また、設立についても「日本が敗戦の荒廃と混乱のなかにあった1946年当時、『心の中に平和のとりでを築こう』という憲章を掲げてユネスコが誕生したという」のである。そして、最初に設立されたのは東北の仙台だったとのこと。
さらにはこの地域での蓮田・白岡地方ユネスコ協会の「国際文化スタディ」や「地域遺産文化スタディ」の活動内容の具体的な取り組みが紹介された。
ぼくはとても感動して聴いていた。こんな素晴らしい活動をしている方たちが成田能祥の後援会にいることが頼もしかった。
少し時間をオーバーしての講演だったが、もっと聴きたいと思うほどの内容だった。
その後の2次会は、会費制による昼食会を兼ねた懇談会である。
2次会はなんとぼくの開会の挨拶と乾杯の音頭で始められた。
なんとか無難に挨拶をこなしたのだが、どうも気恥ずかしくてかなわない。
食事をしながらの余興は成田能祥による「太極拳の体験コーナー」と「剣舞」の披露であった。
実に多種多様な趣味や特技を持っているものだとただ感嘆した。
2次会が終わってもまだ日は高く、そんな時間に支持者が経営するカラオケスナック「風歌」に行った。ここには同級生のメンバーと支持者の何人かがなだれ込んだ。
次から次にカラオケを歌う様に圧倒され、ぼくはついていくのがやっとだった。
ここから驚くことに同級生はさらに駅前のカラオケに繰り出した。そこには前夜遅くまで一緒だったⅠ氏が合流してきた。
時間無制限のコースを選択し、飽きることなくカラオケに打ち込んだ。
ぼくもそこそこに歌い、しかしさすがに疲れていた。
ぼくは振り返ってみると4月は10日から飲む機会があり、この間飲まなかった日は2日しかなかった。
疲れるはずだった。
しばらくはアルコールは口にしないことを固く誓った。
しかし、4月27日(日)は蓮田市で市会議員をしている成田能祥後援会があり、どうしても行かなければならなかった。
11時30分からとなっていたので家を9時30分には出た。
蓮田市の駅に着いたのは11時16分だったので、タクシーで会場の椿山公民館に行った。
公民館の前のハナミズキの街路樹がとても色鮮やかで見とれてしまった。
会場にはすでに出席者が集まっていた。
ぼくの同級生も女性が3人、男性がぼくを入れて3人、計7人が来てくれていた。
11時30分を少し回ったところで開会となった。
成田能祥の議会報告があり、その後ユネスコの活動をしている人の講演があった。
蓮田市での組織を造る時の苦労話や活動内容が主だった。
ぼくはこれまでユネスコについては名前くらいは知っていたがその目的や活動内容について具体的に知ろうとしたことはなかった。
聞いてみると驚くほどにぼくの関心の中心にあることと同じだったことを知り、不明を恥じた。
「UNESCOは、United Nations Educational,Scientific and Cultural Organizationの頭文字で、国際連合教育科学文化機関といい、本部はパリにあり、UNESCOは、第二次世界大戦後、1946年に、人類が二度と戦争の惨禍を繰り返さないようにとの願いを込めて、各国政府が加盟する国際連合の専門機関として創設された」ということを知ることができた。
また、設立についても「日本が敗戦の荒廃と混乱のなかにあった1946年当時、『心の中に平和のとりでを築こう』という憲章を掲げてユネスコが誕生したという」のである。そして、最初に設立されたのは東北の仙台だったとのこと。
さらにはこの地域での蓮田・白岡地方ユネスコ協会の「国際文化スタディ」や「地域遺産文化スタディ」の活動内容の具体的な取り組みが紹介された。
ぼくはとても感動して聴いていた。こんな素晴らしい活動をしている方たちが成田能祥の後援会にいることが頼もしかった。
少し時間をオーバーしての講演だったが、もっと聴きたいと思うほどの内容だった。
その後の2次会は、会費制による昼食会を兼ねた懇談会である。
2次会はなんとぼくの開会の挨拶と乾杯の音頭で始められた。
なんとか無難に挨拶をこなしたのだが、どうも気恥ずかしくてかなわない。
食事をしながらの余興は成田能祥による「太極拳の体験コーナー」と「剣舞」の披露であった。
実に多種多様な趣味や特技を持っているものだとただ感嘆した。
2次会が終わってもまだ日は高く、そんな時間に支持者が経営するカラオケスナック「風歌」に行った。ここには同級生のメンバーと支持者の何人かがなだれ込んだ。
次から次にカラオケを歌う様に圧倒され、ぼくはついていくのがやっとだった。
ここから驚くことに同級生はさらに駅前のカラオケに繰り出した。そこには前夜遅くまで一緒だったⅠ氏が合流してきた。
時間無制限のコースを選択し、飽きることなくカラオケに打ち込んだ。
ぼくもそこそこに歌い、しかしさすがに疲れていた。
ぼくは振り返ってみると4月は10日から飲む機会があり、この間飲まなかった日は2日しかなかった。
疲れるはずだった。
しばらくはアルコールは口にしないことを固く誓った。


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