富士登山の決意を書く

同窓生の「富士登山計画」の参加に伴う、最終確認書の提出を求められている。
その中に「登山を目前にした自身の力強い決意や仲間へのエールなど」を一言メッセージとして書かなければならない。
事務局(水間英樹)がインターーネットの環境がないため郵便で送らなければならない。
ボールペンで書いて送るつもりで書いたのだが、文字を挿入・抹消したり、訂正したり、校正を繰り返すうち、文章のつながりが分からなくなり、一応記録のためにブログに残すことにした。

「東京に仕事のためとはいえ、住むことになって1年と2月足らずの日々が過ぎた。不安と迷いの日々であった。学生時代過ごしてからの35年の時を経た東京の変容はぼくを圧倒した。集中化し、肥大化した都市機能を備えた東京は、目に見えない恐怖をさえぼくに与え続けていた。ぼくは、それを『3・11』大震災で強烈に体験し、感じさせられながらも、後しばらくは東京に住まなければならない決意を自分に強いてもいる。
そんな狂おしい日々の中に時折訪れるシマの同窓生たちとの語らい、飲む『時』の共有は、ぼくを『東京』から解放する。それを友たちは『東京だから!』と言う。ぼくはそれを首肯することはまだできない。
『富士登山』はいつの間にか東京で住むことの決意であり、『東京』からの解放でもあると思い始めていた。
『富士見坂』とか『富士見台』とかいった地名が富士山を中心とした地域には多い。もちろん東京にも多い様だ。それだけ東京の庶民が富士山に憧れてきたのだろう。そんな東京の庶民の思いに対して、東京から遠く遠く離れた奄美の島々の民衆はどんな思いを抱くのだろうかと思ってしまう。富士をみることは東京に住んでいることの証なのだろうか。富士に登ることはどんな意味があるのだろう。ぼくはシマに生きる人間としていつかは去る東京の思い出のために登るのか。そんなことを果てしなく考えつつ、残り少ない人生のひと時をかなりの悲壮感と共に決意し、友と過ごす時を楽しもうとしている。
さて、そして、それは至福の時となるのか。」

それにしても大山登山の後のこの筋肉痛を考えると少し無謀ではないかとも思うのだが・・・。
今さら後には引けない。こうして決意文も書いたし。

一言ではない文章になったと反省しつつ、明日には投函しようと考えている。

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