亡き人を偲ぶ(6月11日)
今朝は何時もの散歩に出る時、直ぐに携帯電話を持っていないことに気付いたのだが、敢えて取りに戻らなかった。
携帯を忘れたとしても、今のぼくは誰もかけてくる人もいない立場にあって、困ることもなく、無い寂しい生活なのである。
そんな強がりを言いながら、実は忘れたのが行きつけの整骨院だったので、慌てる必要はなかったので気楽に考えたのである。
自分でも気持ちが落ち着いて来ている感じを持ちながら、約1時間の整骨院での治療を受けた。
ここではぼくの脳の状況もよく理解してくれているので安心して、任せている。
一連の行動を終えた後、我が家に近い坂元墓地にある元鹿児島県教組委員長の墓をお参りした。
この墓のことは予め分かっていたのではなく、このだだっ広い墓地を散歩している時に、偶然、見つけたのである。
ぼくはこの墓のある場所が好きで、どんな人が眠っているのか、その墓名を見る習性がある。
元鹿児島県教組委員長の墓もこの中にあった。
この人物は、まだ60代の半ば早朝の犬の散歩で交通事故で命を落された人である。
敬愛するかけがえのない人であった。
この墓は何故かとても新しく、とても立派なものであった。
ぼくは時折この亡き人を偲ぶことにしようと思った。
そのぼくの思いが、ぼくに縁のある全ての人に繋がることを願って・・・。
我が家の花
携帯を忘れたとしても、今のぼくは誰もかけてくる人もいない立場にあって、困ることもなく、無い寂しい生活なのである。
そんな強がりを言いながら、実は忘れたのが行きつけの整骨院だったので、慌てる必要はなかったので気楽に考えたのである。
自分でも気持ちが落ち着いて来ている感じを持ちながら、約1時間の整骨院での治療を受けた。
ここではぼくの脳の状況もよく理解してくれているので安心して、任せている。
一連の行動を終えた後、我が家に近い坂元墓地にある元鹿児島県教組委員長の墓をお参りした。
この墓のことは予め分かっていたのではなく、このだだっ広い墓地を散歩している時に、偶然、見つけたのである。
ぼくはこの墓のある場所が好きで、どんな人が眠っているのか、その墓名を見る習性がある。
元鹿児島県教組委員長の墓もこの中にあった。
この人物は、まだ60代の半ば早朝の犬の散歩で交通事故で命を落された人である。
敬愛するかけがえのない人であった。
この墓は何故かとても新しく、とても立派なものであった。
ぼくは時折この亡き人を偲ぶことにしようと思った。
そのぼくの思いが、ぼくに縁のある全ての人に繋がることを願って・・・。
我が家の花

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