手足の痺れと向き合う日々(1月14日)
この連休には取り掛かっておきたい仕事があった。
文章を書くことだったのだが、頭をどんなにひねっても言葉が出てこない。
書字能力が機能しなくなってもパソコンを利用して、たどたどしくてもできる範囲で文章を作ることはしてきた。
妻に添削してもらいながら、日々文章を作るようにはしているのだが、その日の調子で随分違ってくる。
頭の中にあまりたくさんの情報が入り過ぎると飽和状態になり、作業が出来なくなる。
そんな場面になってしまうと、つくづく自分の脳の状態の限界を思い知らされてしまう。
朝起きてから日課の散歩、テレビ体操を順調にこなし、食後のデザートもしっかり食べ、後はテレビでサンデーモーニングを視ながらのんびりする予定だった。
その通りに進んでいたのだが、どうも字を書く作業が思うようにいかないことが気にかかっていた。
足の痺れと連動して、右半身の痺れが全体的に強くなったきていることは自覚しているのだが、それだけではないような気がして苛立っている。
この手足の痺れと向き合う日々が続くのかと思うと辛い。
文章を書くことだったのだが、頭をどんなにひねっても言葉が出てこない。
書字能力が機能しなくなってもパソコンを利用して、たどたどしくてもできる範囲で文章を作ることはしてきた。
妻に添削してもらいながら、日々文章を作るようにはしているのだが、その日の調子で随分違ってくる。
頭の中にあまりたくさんの情報が入り過ぎると飽和状態になり、作業が出来なくなる。
そんな場面になってしまうと、つくづく自分の脳の状態の限界を思い知らされてしまう。
朝起きてから日課の散歩、テレビ体操を順調にこなし、食後のデザートもしっかり食べ、後はテレビでサンデーモーニングを視ながらのんびりする予定だった。
その通りに進んでいたのだが、どうも字を書く作業が思うようにいかないことが気にかかっていた。
足の痺れと連動して、右半身の痺れが全体的に強くなったきていることは自覚しているのだが、それだけではないような気がして苛立っている。
この手足の痺れと向き合う日々が続くのかと思うと辛い。
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