大興奮!矢沢永吉の徳之島ライブを視聴
この夏に、突如、徳之島で行われたライブの映像が、インターネットで流されることを教えてもらって、とても楽しみにしていた。
9月19日、22時30分からということだった。
この日、朝からパソコンで聴く準備をして、ワクワクしていた。
矢沢永吉が島民相手に無料でライブをやるということが凄いと思っていたし、久しぶりに徳之島の様子が映像を通して見えることが楽しみだった。
それに加えて、こうしたライブをプロモーター抜きでやることに意気に感じていた。やることが格好いい。
楽しみにしながらも、ぼくには大きな不安があった。
それは、最近、放送のある時間の22時過ぎまでは、酒飲み以外で起きていたことはないからである。
いつもは寝てしまっている時間である。
本を読んだり、つまらないテレビをぼんやり視ながら、なんとかこの時間まで持ちこたえて、パソコンの前に座った。
矢沢永吉が豪華クルーザーに乗り込んで出帆する様子から始まった。
画像は思ったより鮮明であった。
矢沢栄吉が豪華クルーザーの中から語る言葉が面白い。
初めから奄美大島に立ち寄り、徳之島でライブをする予定だったことが彼の言葉で語られた。
そうでなければあれだけの機材をセットし、会場を作ることはできないはずであった。
他のスタッフは空路で徳之島入りをしている。
確かによほど時間があり、計画的にやらなければ、東京から船でのんびりと徳之島に行くことはできない。
徳之島・天城町平土野港にクルーザーを停泊し、浅間にある野球場にセットされた野外ステージの様子が映し出された。
そこにはテレビなどでお馴染みの高名なミュージシャンを熱狂して迎える、徳之島の人々の姿があった。
老若男女入り混じった圧倒的な人の群れである。
矢沢永吉の演奏が始まると一気に同化して、この大群集が揺れる。
演奏に乗り、リズムに合わせて踊り出す人やタオルを振り回し続け、まるで舞台と一体になっているようだ。
徳之島名物の闘牛大会の熱狂よりももっと凄いのだろうと想像した。
徳之島という島には矢沢永吉の持つフィーリングが凄く合っているように感じた。
とにかく熱いのだ。
良くも悪くも非常に熱狂的である。
そんなことを感じながらあっという間に40分が過ぎた。
汗びっしょりになった偉大なロックシンガーの満足する姿に感動した。
ぼくが3年間勤めた北中学校に隣接する町営野球場が、まるで違った光景となって映し出された。
何度も訪れた場所である。隣の陸上競技場も含めて随分お世話になった場所である。
様変わりした光景がとにかく懐かしく、徳之島への憧れの気持ちが強まった。
先週は珍しく2回も徳之島時代の保護者からぼくの様子を伺う電話があった。
徳之島を離れて、やがて10年近くも経つというのに、ぼくのことを忘れずに気遣ってくれる保護者がいて、望郷の念が湧いたばかりだった。
この矢沢永吉の徳之島シークレットライブのことを教えてくれたのも、今の職場の保護者である。
この貴重な映像を視聴して、大いに興奮する中で、ぼくはつくづく人に恵まれていると感謝した。
9月19日、22時30分からということだった。
この日、朝からパソコンで聴く準備をして、ワクワクしていた。
矢沢永吉が島民相手に無料でライブをやるということが凄いと思っていたし、久しぶりに徳之島の様子が映像を通して見えることが楽しみだった。
それに加えて、こうしたライブをプロモーター抜きでやることに意気に感じていた。やることが格好いい。
楽しみにしながらも、ぼくには大きな不安があった。
それは、最近、放送のある時間の22時過ぎまでは、酒飲み以外で起きていたことはないからである。
いつもは寝てしまっている時間である。
本を読んだり、つまらないテレビをぼんやり視ながら、なんとかこの時間まで持ちこたえて、パソコンの前に座った。
矢沢永吉が豪華クルーザーに乗り込んで出帆する様子から始まった。
画像は思ったより鮮明であった。
矢沢栄吉が豪華クルーザーの中から語る言葉が面白い。
初めから奄美大島に立ち寄り、徳之島でライブをする予定だったことが彼の言葉で語られた。
そうでなければあれだけの機材をセットし、会場を作ることはできないはずであった。
他のスタッフは空路で徳之島入りをしている。
確かによほど時間があり、計画的にやらなければ、東京から船でのんびりと徳之島に行くことはできない。
徳之島・天城町平土野港にクルーザーを停泊し、浅間にある野球場にセットされた野外ステージの様子が映し出された。
そこにはテレビなどでお馴染みの高名なミュージシャンを熱狂して迎える、徳之島の人々の姿があった。
老若男女入り混じった圧倒的な人の群れである。
矢沢永吉の演奏が始まると一気に同化して、この大群集が揺れる。
演奏に乗り、リズムに合わせて踊り出す人やタオルを振り回し続け、まるで舞台と一体になっているようだ。
徳之島名物の闘牛大会の熱狂よりももっと凄いのだろうと想像した。
徳之島という島には矢沢永吉の持つフィーリングが凄く合っているように感じた。
とにかく熱いのだ。
良くも悪くも非常に熱狂的である。
そんなことを感じながらあっという間に40分が過ぎた。
汗びっしょりになった偉大なロックシンガーの満足する姿に感動した。
ぼくが3年間勤めた北中学校に隣接する町営野球場が、まるで違った光景となって映し出された。
何度も訪れた場所である。隣の陸上競技場も含めて随分お世話になった場所である。
様変わりした光景がとにかく懐かしく、徳之島への憧れの気持ちが強まった。
先週は珍しく2回も徳之島時代の保護者からぼくの様子を伺う電話があった。
徳之島を離れて、やがて10年近くも経つというのに、ぼくのことを忘れずに気遣ってくれる保護者がいて、望郷の念が湧いたばかりだった。
この矢沢永吉の徳之島シークレットライブのことを教えてくれたのも、今の職場の保護者である。
この貴重な映像を視聴して、大いに興奮する中で、ぼくはつくづく人に恵まれていると感謝した。
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