予期せぬ出会い~全教互総会懇親会にて

全教互総会でのことは遂に書かないままでいた。
書いておきたいことはあったのだが、躊躇したというのが本音である。
いくつか書いておきたいことがある。これはその一つ。

全教互総会の懇親会で全く予期しない出会いがあった。

総会会場から懇親会の会場まで歩いて行かざるを得なくて、開会時間に少し遅れて到着した。
すでに乾杯も終わっていたのだが、入り口近くに北海道・九州ブロックのテーブルがあったのでそこに席を占めた。元々立席のパーティなので誰がどの席にいるかなどほとんど気付かない雰囲気である。
そのテーブルのグラスに手を伸ばし、目立たないように静かに飲むつもりでいた。

グラスを口にして一息ついた時、同じテーブルのほぼ対面にいた人物がぼくの側に近づいてきた。北海道の理事長さんだった。昨年、総会前の理事会で顔を合わせていたので記憶があった。しかし、その後も話をしたことはなく、かねてから北海道の役職員からは疎んじられているとぼくは勝手に思ってもいた。
北海道・東北ブロックの役職員の方々とは北海道を除くとかなり親しくさせていただいていた。なぜか北海道からは相手にされていないという思いもあった。
そのため一瞬ぼくは身構えてしまった。
ぼくの側にやってきた理事長さんが「私は後輩になります」と話されたので一瞬「なんのこと?」とキョトンとしてしまい、頭が猛烈に混乱し始めた。こういう混乱はあまり経験がなかった。
すると「東京都立大学の卒業です」と話されて、ようやく納得した。真面目な大学生ではなかったぼくは、正直に1966年入学で1973年の卒業で7年も大学にいたことを話した。典型的な劣等性である。恥ずかしさを堪えて話すしかなかった。
この当時、学生紛争が吹き荒れていて、大学ではほとんど授業ができる状態にはなく、それをいいことにひたすらアルバイトに精出していた。ぼくは両親がいないにもかかわらず、無謀にも大学進学の道を選び、偶然に受かった都立大学をアルバイトしながら乗り切るつもりでいた。
しかし、現実はそんなに甘くはなく、大学に行くことはほとんどできずにアルバイトとの両立はできるものではなかった。それでも7年かかっても卒業できたのは奇跡に近かった。そんな学生時代を送ったので大学時代の友人は皆無である。だから目の前に突然現れた大学の「後輩」に後れを取った感じで、気持ちが縮んでしまった。
この東京都立大学の「後輩」はきっと大学を立派に卒業し、北海道庁か道教育庁に勤めて、北海道公立学校教職員互助会の理事長になったのだろうと思われ、その存在がまぶしかった。

話の中で、総会や各種の研修会でのぼくの提案のことを言っていたのだろうか、「面白い提案をされるんですね。ああいう提案の仕方があるのだと思いました」と感想をもらされた。評価の言葉ではないと思いつつ、正直、過去のことだとはいえ恥ずかしかった。
聞きとりにくい言葉で出席者にはずいぶん迷惑をかけてきただろうという反省が付きまとっていただけに驚きだった。
もっとぼくの在任中に話をしたかったと言われた時は、ありがたかった。本当にぼくの方こそもっと話をし、アドバイスも欲しかったと残念に思った。

予期しない出会いであった。奄美の学校の卒業生とは無数の出会いがあり、驚きは少ない。さすがに劣等生で終わった大学の先輩・後輩との出会いは卒業以来これが初めてである。
この出会いをもっと大事にしたいと思ったのだが、ぼくは全教互の任務を終えた身であり、叶わないことであった。

懇親会では全教互時代に知己を得た人が多くいたのだが、なるべき密やかに世を忍ぶ形で過ごさなければならない立場で積極的な挨拶ができず、礼を失してしまったことを申し訳なく思った。

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