九州ブロック職員研修会に出席
21日、福岡で開かれた九州ブロック職員研修会に出席した。
今後の研修会のあり方について真剣に話し合われていた。
ぼくがブロックの代表幹事をしていた時代は年に2回開催されていたのだが、年1回に減ってしまった。
ぼくがいる時にも1回に減らすといってきたのだが、本当にそれでいいのか、残して内容を充実する方向で考えられないのかと言って担当を説得した記憶がある。
安易な時代の流れや、資料つくりが面倒臭いとかいうことで必要な会議が合理化されることにぼくは抵抗がある。
内容が充実していても縮小したり、廃止したりする傾向が強い動きの中で、残すこと、存続することに大きな意味があると思うのだが。
今、ようやく2年がかりの議論、検討を経て研修会を充実発展させて行こうとする動きが具体的に出てきていることを率直に喜びたい。
そうした議論の場所に立ち会うことができたのも嬉しい。
福岡のど真ん中、天神のビルで開かれたこの研修会でぼくも少しだけ時間をもらうことができた。
話したいことはたくさんあったのだが25分間で話すことは限られていた。
幾つかの事業への協力を依頼してぼくの説明、報告は終えた。
それでも時間が2分程超過してしまった。
みなさん、白けて聞いているのが伝わってきて、とても申し訳なかった。
申し訳ないと思いながら、ぼくの心は密かに意見交流会という名の懇親会に移っていた。
職員だけの交流会に出席する機会があまりなかったので、とても楽しみだった。
ぼくの隣には宮崎と大分の女性、向かいは沖縄と大分の男性で、若い人たちに囲まれて、気分は際限なく高揚して行った
ぼくはこの互助会のプロパー職員の期待に応えられるような仕事をしているのかどうか不安な日々の中にあるが、遅ればせながら気持ちを新たにすることができたような気分にはなった。
高揚する気分に任せて、足は次第に夜の街をさまよい出した。
今後の研修会のあり方について真剣に話し合われていた。
ぼくがブロックの代表幹事をしていた時代は年に2回開催されていたのだが、年1回に減ってしまった。
ぼくがいる時にも1回に減らすといってきたのだが、本当にそれでいいのか、残して内容を充実する方向で考えられないのかと言って担当を説得した記憶がある。
安易な時代の流れや、資料つくりが面倒臭いとかいうことで必要な会議が合理化されることにぼくは抵抗がある。
内容が充実していても縮小したり、廃止したりする傾向が強い動きの中で、残すこと、存続することに大きな意味があると思うのだが。
今、ようやく2年がかりの議論、検討を経て研修会を充実発展させて行こうとする動きが具体的に出てきていることを率直に喜びたい。
そうした議論の場所に立ち会うことができたのも嬉しい。
福岡のど真ん中、天神のビルで開かれたこの研修会でぼくも少しだけ時間をもらうことができた。
話したいことはたくさんあったのだが25分間で話すことは限られていた。
幾つかの事業への協力を依頼してぼくの説明、報告は終えた。
それでも時間が2分程超過してしまった。
みなさん、白けて聞いているのが伝わってきて、とても申し訳なかった。
申し訳ないと思いながら、ぼくの心は密かに意見交流会という名の懇親会に移っていた。
職員だけの交流会に出席する機会があまりなかったので、とても楽しみだった。
ぼくの隣には宮崎と大分の女性、向かいは沖縄と大分の男性で、若い人たちに囲まれて、気分は際限なく高揚して行った
ぼくはこの互助会のプロパー職員の期待に応えられるような仕事をしているのかどうか不安な日々の中にあるが、遅ればせながら気持ちを新たにすることができたような気分にはなった。
高揚する気分に任せて、足は次第に夜の街をさまよい出した。




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