中部ブロック協議会~宇奈月温泉
富山までは結構時間がかかった。
家を7時30分過ぎには出て、埼京線で大宮に行き、8時30分頃の新幹線に乗った。
越後湯沢まで約1時間。ここでほくほく線「特急はくたか6号」に乗り換え、富山まで約2時間。
富山駅到着が3分遅れて、12時48分に着いたので富山駅を12時50分に出発するバスに乗り遅れるのではないかと心配した。
ところがホテルの方が改札口を出たところで待っていてくださってホッとした。
駅からバスに乗って宇奈月温泉まで約1時間。
家を出てから4時間30分の長い旅だった。
学生時代、準急に乗って旅行したことを考えれば劇的に旅の時間は短縮されたのだろうが、最近では久しぶりに長い移動時間を味わった。
各地域に出かけていかなければ、東京から離れた地域の苦労も分からないものだと改めて思うことだった。
富山に来るまで初めて訪れる県とばかり思っていたのだが、よく考えてみるとそうではなかった。
3年前に黒部アルペンルートの旅行で来たことがあったのだった。あの時の雄大な景色を堪能し、感動したことを忘れたわけではなかったが、富山市には行かなかったことが、そういう意識にさせたのだろうと思う。
今回は残念ながら雨模様の天気で立山連峰の山並みは厚い雲に覆われて見ることができなかった。
中部ブロック協議会は各団体から聴取事項を出してもらい、その回答内容を説明するという手法で運営されている。
このことによって、その時々の課題をお互いで情報交換し、課題解決に向けて努力されている。
どのブロックも同じような取り組みをしているのだが、中部ブロックはとくにその情報量が多いと感じる。
他のブロックでも参考になることが多いようなので、ホームページで公開させていただくことの了解も得ることができた。
実りの多い会議に出席させていただいてありがたい。
懇親会でも話が弾んだ。
副会長である教育次長さんがぼくの前に座られていたことにはいささか恐縮もしたが、気さくな方で話も丁寧に富山の紹介をされるので感じ入ってしまった。
あのような手際がよく、県の全容を上手くまとめて話すことは、とてもぼくのような未熟者には真似すらできないと感動した。
また、採用されたばかりのとても魅力的な職員が話しかけてきたのだが、その女性の若くて清々しい雰囲気には対応するぼくの気持ちも華やぐ感じがした。
先生方の福利厚生に携わることによって「教育」という分野に貢献しているという誇りを持って仕事をされてくださいというようなことを話した気がするのだが、余計なことだったのかもしれない。
次に日は、少し富山市内の見学もしたかったのだが、帰りの時間が気になり、雨が降り出していることもあって、そのまま東京への長い旅に出発した。
「おわら盆恋歌」の時期にこれたらいいなと思いながらである。
高橋治の書いた同名の小説を読んで、とても感動した記憶も蘇っていた。悲しい恋の物語だが、その背景にはおわら盆恋歌の物語も紡がれているとても切なく感動的な小説である。
いくつかの思いを深くした宇奈月温泉での会議であった。
家を7時30分過ぎには出て、埼京線で大宮に行き、8時30分頃の新幹線に乗った。
越後湯沢まで約1時間。ここでほくほく線「特急はくたか6号」に乗り換え、富山まで約2時間。
富山駅到着が3分遅れて、12時48分に着いたので富山駅を12時50分に出発するバスに乗り遅れるのではないかと心配した。
ところがホテルの方が改札口を出たところで待っていてくださってホッとした。
駅からバスに乗って宇奈月温泉まで約1時間。
家を出てから4時間30分の長い旅だった。
学生時代、準急に乗って旅行したことを考えれば劇的に旅の時間は短縮されたのだろうが、最近では久しぶりに長い移動時間を味わった。
各地域に出かけていかなければ、東京から離れた地域の苦労も分からないものだと改めて思うことだった。
富山に来るまで初めて訪れる県とばかり思っていたのだが、よく考えてみるとそうではなかった。
3年前に黒部アルペンルートの旅行で来たことがあったのだった。あの時の雄大な景色を堪能し、感動したことを忘れたわけではなかったが、富山市には行かなかったことが、そういう意識にさせたのだろうと思う。
今回は残念ながら雨模様の天気で立山連峰の山並みは厚い雲に覆われて見ることができなかった。
中部ブロック協議会は各団体から聴取事項を出してもらい、その回答内容を説明するという手法で運営されている。
このことによって、その時々の課題をお互いで情報交換し、課題解決に向けて努力されている。
どのブロックも同じような取り組みをしているのだが、中部ブロックはとくにその情報量が多いと感じる。
他のブロックでも参考になることが多いようなので、ホームページで公開させていただくことの了解も得ることができた。
実りの多い会議に出席させていただいてありがたい。
懇親会でも話が弾んだ。
副会長である教育次長さんがぼくの前に座られていたことにはいささか恐縮もしたが、気さくな方で話も丁寧に富山の紹介をされるので感じ入ってしまった。
あのような手際がよく、県の全容を上手くまとめて話すことは、とてもぼくのような未熟者には真似すらできないと感動した。
また、採用されたばかりのとても魅力的な職員が話しかけてきたのだが、その女性の若くて清々しい雰囲気には対応するぼくの気持ちも華やぐ感じがした。
先生方の福利厚生に携わることによって「教育」という分野に貢献しているという誇りを持って仕事をされてくださいというようなことを話した気がするのだが、余計なことだったのかもしれない。
次に日は、少し富山市内の見学もしたかったのだが、帰りの時間が気になり、雨が降り出していることもあって、そのまま東京への長い旅に出発した。
「おわら盆恋歌」の時期にこれたらいいなと思いながらである。
高橋治の書いた同名の小説を読んで、とても感動した記憶も蘇っていた。悲しい恋の物語だが、その背景にはおわら盆恋歌の物語も紡がれているとても切なく感動的な小説である。
いくつかの思いを深くした宇奈月温泉での会議であった。




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