蓮田市『成田のぶよし』市会議員後援会幹事会に出席して

成田能祥(「のぶよし」)はぼくの幼馴染である。
二人の生まれは、鹿児島県奄美大島名瀬市(今は、「奄美市名瀬」)の小俣町という町で家も隣近所であった。能祥(幼馴染の故、呼び捨てにする)の祖父とぼくの父が近所で親しくしていた。
能祥の父は名瀬市役所の職員で、実直で信頼の厚い人であった。また、とてもダンディで格好いい人でもあった。龍郷町秋名の出身で、この集落の出身の男性は美男子が多いという評判があるが、まさにその評判通りの美男であった。後年、市役所の要職を経て、市を二分する激しい市長選に請われて立候補し、市長になった。
市長になっても偉ぶるところは全くなく高潔で、いわゆる政治家タイプではないけれども、市政に明るく、多くの市民から「成田さん」と慕われた、希有な人材であった。
任期途中で病に倒れ、職を辞した。奄美の中心都市名瀬市の市政になくてはならない人物であっただけに本当に惜しかった。無念な最後であった。ぼくの兄の栄一郎などは敬意をこめて「広兄」と呼んでいた。
ぼくと能祥はそういう関係で一番親しい幼馴染で幼稚園、小・中・高と同じ学校を出た。ところが不思議と同じクラスになったことは一度もなかった。同学年が500人からいて、1クラス50人、10学級という大量の同窓生を有する「団塊の世代」の走りである。
高校卒業してからは2人とも東京に出たが、お互いの消息は気になりながら、それぞれの生活に追われ、会う機会は少なかった。

彼は、順調に大手の電機メーカーに就職し、普通のサラリーマン生活を送っていくものと誰もが思っていた。
いくら父が元市長とはいえ、その父も本来、政治家というタイプとは違う性格を持った人であっただけに、彼が、今、市会議員をしているということは正直驚きである。
昨年の6月に、今の仕事で東京に出てきて、関東地区同窓会に出席した時、「能祥が蓮田市の市会議員をしていると」聞かされ、えっと声が出てしまった。最下位での当選ということも知らされた。最下位であれ、それは立派だと率直に思った。
ぼくは、学校という職場に勤めて、20代から組合活動に関わり、選挙運動もかなり経験してきた。選挙の難しさというのは小さな地域の選挙になればなるほどきつくなる。予想外のことが起こったり悲喜こもごもの思いをするものだ。そうしたことに耐えられるのは大変ハードな精神を持たないとできるものではないとつくづく考えさせられてきたことである。

何とか協力したいという思いで、やはり同級生の能祥とは特に親しかった山下正嗣氏と二人で蓮田の駅で待ち合わせをして、『成田能祥』後援会幹事会に出席した。
会議の中で、多くの人からこの地での能祥の人柄や議会活動での取り組みの評価、そしてさらには、議員以前の彼の活動に対する評価を聞いて、嬉しく、頼もしく、勇気づけられた。ありがたいと感謝した。

≪顧問の方の話≫
・前回初めて立候補し、スリーセブン(777票)で最下位、客観情勢は厳しいと思う。前回は、立候補する人も初めて、運動する人も初めてだった。知恵を絞って、戦っていく必要がある。幸い、彼が、ほかの議員に比べても熱心な質の高い、素晴らしい活動をしてきた。
椿山地区の住民は意識の高い人々が多い。彼の活動はそういう人たちに実感を持って受け止められている。
そういう意味で前回との違いは、彼に対する認識度が高い、浸透していることだ。
≪自己紹介≫
・山下正嗣とぼくの自己紹介をすることになった。
≪出席者の挨拶を含めた意見等≫
・「西新区」の女性・・・「水」の問題で成田さんにはとてもよく取り組んでもらっている。彼には感謝している。
・「西原地区」の人・・・成田さんは人柄も良く、一本気、自分と似ている。自分は河川敷の草払いをやっている。
・「3丁目の『成田能祥』のポスター(?)を立てている」人・・・町会の仕事を一緒にやって以来の付き合い。お互い考え方が似ていて信頼している。
・蓮田の土着の人は地域以外の人には絶対に票を入れない。親の代からの義理があるからということに縛られている。その反面、今のままでは駄目だ、市長もだめだなどと言ったりしている。
・4年間出してきた「議会だより」のダイジェスト版を作って、彼の活動をもっとアピールしていく必要がある。
・成田さんが地域のためにこんなにやっているんだということを伝えていかないといけない。もっともっと伝えて欲しい。この蓮田で子育てをしていない人でも彼の功績は知っているんだから。
・これから具体的な選挙対策を立て、選挙戦術をしっかり組み立ててやっていこう。
・前回は安心しきっていた。楽して勝てるという思いもあった。気を引きしめてやる必要がある。
・もう一人の女性の出席者・・・「必死こいてやらなければいけない。椅子にふんぞり返って選挙なんかできない。私たちは素人なんだから。」と力強く語った。

いろいろとこれ以外にも情勢分析を含め、さまざまない意見が出され、あっという間に90分が過ぎた。
ぼくも改めて意見を求められ次のようなことを語った。
・この時代、選挙が大変難しくなってきている。これからの選挙は、ぼくが経験してきたような労働組合がやってきたような従来のスタイルではなかなか通用しない。むしろ素人のみなさんの発想で地域レベルで、いろいろな考えで選挙を作っていく方がうまくいくと思う、と少し責任逃れのような発言をした。しかし、これはぼくの実感である。
電話をしても、直接訪問して依頼をしても、反応が分からなくなってきている。かといって何をどうすればよいかの妙案もない。厳しい時代である。

この会議で発言されたことをきちんと整理し、政策に反映させ、市民に少しでも多く発信するための工夫をし、いかに選挙闘争を戦うかということが大事であると思った。そして、地域をよくするために「成田」を立てて、自分たちのためにやるんだと意識付けることが重要である。
選挙事務所も自宅にプレハブを建て、準備2月中には整えるとのこと。
そして2月20日11時から後援会総会が開催され、いよいよ実質的な選挙戦が本格的に始動するということだ。大いに期待したい。

山下正嗣と帰りながら、二人でできるだけの協力をしていこうと誓った。
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