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zoom RSS テーマ「何故か、過去」のブログ記事

みんなの「何故か、過去」ブログ

タイトル 日 時
高橋和巳に夢中だった頃を思い出し。
高橋和巳に夢中だった頃を思い出し。 家の中で本を手元に置きながらのんびりしていると、ふと学生時代に夢中になって読んだ本のことを思い出した。 ...続きを見る

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2017/03/05 09:33
突然の電話
そろそろ寝ようと思って、電気を消した時、携帯電話が突然音を立てた。 午後9時30分だったので、決して夜中ではない。 電話に出ると懐かしい奄美・龍郷町の友人である。 電話の周りの音がうるさい。 どうも飲み会の場所からの電話だった。 ...続きを見る

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2017/03/03 22:20
ふと幼い頃を思い出し
妻が鹿児島に帰り、1人で食卓に座る生活が始まり、急に食欲がなくなった。 単身赴任だった徳之島でも東京でもこんなことはなかった。 年をとったせいなのだろうかとふと思った。 ...続きを見る

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2017/02/21 21:08
楽しい酒席
最近、外で飲むときは決まって西口の「とりの里」という居酒屋である。 さすがに1人で飲みに行くことはないのだが、ぼくが人を誘う時はこの店にしている。 昨夜(2月4日)も突然飲むことになり、やはりここにした。 約束した時間の少し前にこの店に入ったのだが、ぼくのすぐ後ろに約束した人も現れた。 突然の申し出に快く応じてくれたありがたい人である。 ...続きを見る

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2017/02/05 19:20
昔、昔の話
昔、昔の話 先日、ある会議が終わった後、一度も話したことのない人にこちらから声をかけて話を聞いてもらった。 どうしても話さなければならないことがあったからである。 ...続きを見る

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2017/02/01 06:30
旧来の友と会って・・・。
12月に入った日、身体の疲れが全く取れないため早々と床に就いた。 こんな日に限って電話が来る。 携帯の音に目が覚め、手に取ってみると珍しい旧来の友人だった。 いつ会ったか思い出せないほど昔に会ったきりの友人だった。 ...続きを見る

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2016/12/06 03:23
高校卒業後50年振りのクラス会で。
高校卒業後50年振りのクラス会で。 久しぶりに高校3年生の級友たちに会って、高校時代のことを思い出した。 ぼくはこのクラスの会長をさせられいろんな経験をした。 ...続きを見る

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2016/11/20 15:47
恩師を囲んで
恩師を囲んで ぼくらは1966年大島高校3年6組の卒業で、担任は枝元長道先生だった。 枝元先生は、東京大学卒業で、鹿児島では進学校で名高い鶴丸高校から異動してきたという華々しい経歴を持っていて、校内でも高い注目を集めていた。 その先生が異動してきた2年目の年にぼくらのクラスの担任になったのである。 ...続きを見る

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2016/11/18 21:14
3度目の松梅会に出席
11月6日(日)、東郷会館のピーターハウスという場所であった。 東久邇家に縁のある人たちの集まりであるが、学生時代に1年しかおつかえしなかったぼくにもたくさんの思い出がある。 ...続きを見る

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2016/11/10 20:14
中学生になった時A
中学生になった時A ぼくの今の日常を記事にするには制約がありすぎて、事実に基づいたり、本音を記載することができない。 自分でも消化不良で面白くない。 そのため改めて、停滞していた古い記憶を思い出せる限り書き残していく努力をしようと思う。 ...続きを見る

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2016/06/16 06:12
中学生になった時
中学生になった時 久し振りに昔のことを書こう。 ...続きを見る

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2016/06/12 10:46
思い出す過去の同級生のこと
思い出す過去の同級生のこと 何故か昔のことを思い出す。 2週間ほど前まで高校と中学の同窓会の段取りをしていたせいもあるのだろうが、遥かな昔のことを思い出す。 紙を折り、封筒に入れ、封をするという単純な作業を続けながら、頭に浮かんでくるのはそうした昔のことである。 ...続きを見る

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2015/12/19 18:45
大島高校3年6組・クラス会誌「野次馬」のこと
大島高校では同学年9クラスあるうちの3年6組だった。文系普通科のクラスで男子32名女子24人計56人だった。ぼくはそのクラスの1年を通して会長(=級長)だった。なぜぼくがそういうポストに選ばれたのかいまだに理解できないのだが、高校では初めてのことだった。 決してクラス全体の仲が良かったという印象はないが、個々のつきあいはそれぞれに深かったのだろうと思う。 ...続きを見る

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2015/12/17 23:19
都立大学駅前4畳半、青春の思い出「訪問人別張」のこと
都立大学駅前4畳半、青春の思い出「訪問人別張」のこと 東京の同級生の水間英樹氏から「野次馬」を発行するから原稿を書いてくれと依頼され、締め切りギリギリにやっと間に合わせることができた。 それがその文章の一部。 ...続きを見る

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2015/12/15 19:02
兄と飲み、語る
昨日(10月27日)は公益財団法人かぎん文化財団・鹿児島銀行主催のくつろぎトーク&コンサートに行ってきた。鹿児島銀行を利用することはあまりないのだが、娘がコンサートの演奏で出演する関係で入場整理券をもらうことができたので行くことにした。また、この鹿児島銀行の主催行事に名瀬の兄も毎回来るということも知っていたので兄に会えるという期待もあった。 ...続きを見る

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2015/10/28 22:28
1年振りの松梅会
昨年初めてこの会に出席した。 東久邇家の皆さんとその家でお手伝いさんや書生として勤めていた、縁のある人たちの集いである。 何年続いている会なのかぼくには知る由も無いのだが、ぼくを除く他の人たちはお互いに顔見知りである。 ...続きを見る

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2015/10/14 16:25
松梅会のこと
全国同窓会2日目の熊野古道を中止したことによって、12日の予定がすっかりなくなった。 同級生たちはそれぞれの計画をいち早く立て、行動に移していた。 敢えて熊野古道に挑戦した者、台風接近に敏感に反応して即座に帰途についた者、近隣地区の観光に出かけた者など色々であった。 その行動力には脱帽するばかりだった。 ...続きを見る

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2014/10/17 10:32
再び、女子会による「ランチ会」のこと〜田畑英勝先生のこと(再編集)
同級生の女性に交じった「ランチ会」で大いに笑ったたくさんの話しの中でとても気に入った高校時代の思い出があったので記録しておきたい。 ...続きを見る

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2014/10/07 05:39
思い立ったこと
今朝、目が覚めて、頭がもうろうとしながらふと考えたことがある。 ...続きを見る

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2014/08/30 06:50
古い記録との出会い
学校事務職員になってから転勤のたびに荷物を移動してきた。 勤務した学校の数は人より少ない方なのだが、職場の数は多く、引っ越しの数も多かった。 学校の数は5校だが、最後の職場を去るまでの組合の任務や教職員互助団体の職場を入れるとかなり多くなる。 組合専従が支部と本部で2回の5年、鹿児島の互助団体が鹿児島県教職員互助組合と鹿児島県教職員共助会がそれぞれ6年と2年で計8年、最後の職場となった全国教職員互助団体協議会が4年、これらを合わせると5回、17年に及ぶことになる。 ...続きを見る

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2014/08/14 14:56
東久邇邸でお世話になった恩人のこと@
ぼくは、1966年3月、奄美の大島高校を卒業すると同時に東京に行った。 東京都立大学を受験するためだったのだが、失敗しても東京に残る覚悟で朝日新聞の新聞店をアルバイト先にしていた。 不安だらけの悲壮な覚悟だったが、同じ高校の同期のものが他に2人も同じ新聞店に行ったので心強かった。 ...続きを見る

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2014/06/12 05:32
雨が止むのを期待しながらTVでサッカー観戦
晴れたらいいなと思いながら、昨夜は過ごした。 TVでサッカー観戦をしながら、時折、窓を開けて本当に雨が止むのかと思って空を見上げた。 9時頃にはすっかり雨が上がっていて、翌朝が楽しみになった。 ...続きを見る

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2014/03/07 05:46
ネルソン・マンデラ元大統領の訃報を聞いて
ネルソン・マンデラ元大統領を聞いて感慨深いものがあった。 ...続きを見る

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2013/12/06 14:11
皇后陛下の回答文書にあった「五日市憲法」についての記事
忙しくて読み切れていなかった東京新聞を日曜日(11月3日)、どこに出る予定もなかったのでまとめて読んだ。 その中で見つけた記事だった。 他の新聞でも話題になったのかどうか分からないが素晴らしいと思った。 ...続きを見る

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2013/11/05 17:00
昔、「文芸研」というサークルにいたという思い出
司修氏の講演会の後の懇親会の語らいの中で急に昔のことを思い出し、時間が急激なスピードで30数年も昔に戻った感じであった。 ...続きを見る

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2013/09/12 18:46
久しぶりのランチ会
3月振りに神保町のランチ会に出かけた。 翌日からの青森出張を控えて、準備で忙しくもあったが気晴らしに出かけることにした。 ...続きを見る

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2013/07/21 06:07
南ア連邦の元大統領ネルソン・マンデラが重病〜反アパルトヘイト運動を思い出す
南アフリカ連邦共和国の元大統領ネルソン・マンデラが重病だというニュースが流れている。 ネルソン・マンデラは南ア連邦における反アパルトヘイト運動のリーダーであったため反逆罪として逮捕され27年間に渡り刑務所に収容された人物である。 釈放後、アフリカ民族会議(ANC)の副議長に就任。その後、議長となる。デクラークと共にアパルトヘイトを撤廃に導き、1994年に大統領に就任した。民族和解・協調政策を進め、経済政策として復興開発計画(RDP)を実施した偉大な政治家であった。彼は1999年に行われた総選... ...続きを見る

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2013/06/28 17:25
従兄弟の死
同窓生の散策会(22日)が終わって、いつもの通り有志で飲みに行った。 夜の11時に家に帰って、妻からのメールで鹿児島の従兄弟が亡くなったという連絡が入っていた。 そのことは鹿児島の新聞の死亡広告で知ったということであり、葬式はその日の内にあったということだった。 ...続きを見る

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2013/06/26 08:57
学生時代の記憶〜気になっていたこと
ぼくは東京都立大学(以下『都立大』)に入学した後の7月から、大学に比較的近い柿の木坂の東久邇宮家で書生をすることになった。 ...続きを見る

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2013/06/11 04:56
「卵おにぎり」が珍しいなんて〜テレビ番組「ケンミンSHOW」を見て
「卵おにぎり」が珍しいなんて〜テレビ番組「ケンミンSHOW」を見て フェイスブックでテレビの「ケンミンSHOW」という番組で徳之島の食べ物の紹介があるということを知らされ、ぼくのその記事をシェアーして、ぼくの「友達」にも教えた。 ...続きを見る

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2013/05/17 18:40
小学校時代の恩師の家を訪ねてA
M先生の家を最初に訪ねたのは中学校入学を控えた小学校6年生の終わり頃だった。当時の家は、場所は一緒だが、今のように立派ではなく、ごく普通の家だったように思う。 ...続きを見る

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2013/04/02 19:46
小学校時代の恩師の家を訪ねて
名瀬に帰った時、いつも気に入って歩く道路沿いに小学校時代の恩師・M先生の家がある。 回りを圧倒するような立派なコンクリート建ての1階は貸駐車場、2階が住居の家である。 これまで何度も名瀬に帰りながら一度も恩師のこの家を訪ねたことはなかった。ただ仰ぎ見るだけだった。 訪ねたいと思いながら歓迎されないだろうという思いがあり、躊躇していたのだ。 今回、同窓生数人と会って飲み会をしていた時、小学校教師をしていた同窓生の女性から「あなたは小学校6年の時、M先生が担任だったんだって」と聞くので、「そ... ...続きを見る

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2013/03/24 08:27
失意を味わった東京で暮らすこと
学生時代に過ごした東京は、結果的にぼくには失意をもたらした。 希望を失い、ボロボロになって東京を離れてしまうことになった。 ...続きを見る

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2012/12/04 19:14
思いもかけず中延駅前で
思いもかけず中延駅前で 先週のある日、本当に思いかけず大井町線中延駅前で飲むことになった。 中延の駅を降りてすぐを左に曲がったところにある「島人(しまんちゅ)」という居酒屋である。 奄美諸島の徳之島伊仙町出身の人が経営者とのこと。 ...続きを見る

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2012/11/14 08:50
思い出す42年前の教育実習
思い出す42年前の教育実習 大学5年目の時、母校の大島高校で教育実習をした。 教科は社会科の政治経済の分野で2学期の9月始めからからだったと思う。 ...続きを見る

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2012/09/25 09:18
寒さが和らぐ頃に思い出すこと
「寒さが和らぐ」という表現が正しいかどうか分からないが、肌に突き刺すような寒さはなくなってきたようだ。ようやくである。 昨年はこれほど寒さを感じなかったのだが、今年は本当に応えた。加齢の伴うものなのだろうか。 ...続きを見る

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2012/02/22 22:42
「本の立ち読み、文化の敵」?
学生時代、やはり東京で大雪が降ったある日、ぼくは大学の定期試験が近付いていたのでアルバイトを休んで家にいた。 アルバイトをしないと途端に食えなくなる生活にありながら、勉強は手に着かず、雪の降る中、僅かばかりの金を握りしめ、隣駅の自由ヶ丘まで都立大学前駅から線路伝いに歩いて行ったことがある。 食事をするのが目的であったのだが、自由ヶ丘に入ったところで古書店があったので立ち寄った。入口の目につく所に吉川英治の「宮本武蔵」の文庫本が積んであった。前から読みたいと思っていたのでその本を手にした。夢中... ...続きを見る

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2012/01/25 08:49
東京の雪
東京の雪 昨日の帰りがけに降っていた雨はいつの間にか雪になっていたのだろう。 朝、家の外からガチガチという音が聞こえるのが気になって、窓を開けたら一面雪景色である。 通勤人の固まった雪を踏み砕く音がガチガチと聞こえたのだった。 ...続きを見る

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2012/01/24 08:47
通勤電車の中で
通勤電車の中で 電車の中で本を読むことが習慣になってしまった。 熊谷達也の8冊目の小説を読み始めた。今回は珍しく昭和の女性を描いた短編小説集「懐郷」である。 文庫本の帯には「これはノスタルジーノ物語ではない。すべての時代が実は現代の熊谷の問題意識によって今生きている平成の社会に連なっているのだ。」と書かれている。 ...続きを見る

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2011/09/17 07:06
散歩しながら思いだした母のことなど
散歩しながら思いだした母のことなど 朝食を済ませ、TVを観ていたけどどうも面白くない。日曜日の朝は、関口ひろしの「サンデーモーニング」を観ているのだが、それもそこそこに観て、ぶらりといつもの砧公園に出かけた。 公園内には工事用の車両が入り込み、柵で入れない場所が2か所もあった。コンクリートの瓦礫の山が築かれていた。何のための工事か理解できないものばかりだ。無駄な工事をしているとぼやきつつ、公園内を散歩する夫婦連れやアベック、戯れている親子連れ、グループ等いつもの光景をぼんやりと眺めていた。 そんないろんな形のグループを見ていて... ...続きを見る

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2011/03/08 19:26
父・良夫のこと
父のことを整理してみようと思ったのは、30代のころだった。 この頃、奄美支部の組合専従していて、徳之島にオルグに出かけた時、花徳の役場支所で父の関する除籍簿を取得した。当時は父のことを知っている人もいたりして驚いた記憶がある。 父の除籍簿から母の本籍が天城町であることを知り、天城の役場にも行って除籍簿を取得している。 母の除籍簿の戸籍事項を読み、その事柄をぼくなりに作った系図に書き込んであるのだが、実は母が天城の出身という意識は、定年前の3年間の徳之島北中学校の勤務が決まるまで全くなかった... ...続きを見る

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2011/01/16 16:15
少年時代A・・・父の死
父が亡くなった日、ぼくは義姉と父の寝ている隣の部屋で話しをしていた。何を話していたかは記憶にないのだが、話をしている途中、ふと父の様子が気になって見に行ったのだった。父の顔色が変わっているのに気がつき義姉に知らせ、亡くなっていることが分かった。隣の部屋にいて苦しんでいる様子は全くなかったし、1年余に及ぶ闘病生活を経て、静かに息を引き取ったのだと思う。 その後、亡くなったことに伴う色々なことがあったと思うのだが、何も記憶に残っていない。当時のぼくは高校入学を1週間後に控えているだけで、あまり緊張... ...続きを見る

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2011/01/10 07:10
少年時代@・・・新聞配達
高校の卒業式が終わったその日の夜、船に乗り、東京に向かった。鹿児島から「準急」の列車で神戸の姉のところを経由して行った。東京に着いた翌日から始めたのが新聞配達である。新聞屋の親父は、受験が済むまでは新聞配達はしないでいいということを言っていたのだが、それは嘘だった。大学受験をしながらの新聞配達のアルバイトということになった。当時の田園都市線(今は大井町線となっている)・中延駅前の朝日新聞の販売店だった。 その店に一緒に入ったのが同じ大島高校の同級生の水間英樹と榊藤夫だ。どうして三人一緒だったの... ...続きを見る

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2010/11/24 14:52

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